高橋武蔵 左昭和27年頃作 右戦前作
2008/11/28 金曜日 — 青柳 英介

国分栄一 昭和52年作

植木昭夫氏が、国分栄一氏に小山信雄氏蔵の「佐藤勘内」(昭和2年、尺三寸)
の「写し」を依頼したのは、昭和51年の暮れのことだったという。
翌年1月に完成した「写し」は、大変評判のよいもので、今でも話題になるほどである。
私は、しばらく前に、国分氏からその時の残りがまだあるから、
ということでわけてもらったのが、本こけしである。
だが、これはその時のものではない、という人もいる。
本人の説明が本当なのか、その人の鑑定が本当なのか、よくわからない。
こけし研究誌『木の花』に載っている写真を見ると、
似ているといえば似ているし、違うといえば違うかもしれないような気がする。
何しろ30年以上も前のことだから、真相は不明だが、
「写し」をした後に量産したものの1本なのかもしれない。
2008/11/25 火曜日 — 青柳 英介
佐藤重之助 昭和40年3月作
中屋惣舜氏は、佐藤重之助のピーク期を40年4月とし、
41年には表情が鋭いというよりはきついものになり、
ピークは終わりを告げた、と『木の花』に記している。
数ヶ月間に大きく変化したのだが、
このこけしは、胴底の記述が3月作となっている。
入手した人の記述だろうから、実際に作ったのは2月かもしれず、
ピーク期の先駆となるものであろう。
2008/11/19 水曜日 — 青柳 英介
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