ゴールデンウィークの一日、愛宕神社に行った。
池には、鯉がたくさんいて100円でエサを買っていくと、
群がり、もみ合うようにして池の上に登ってきそうであった。
本当の鯉のぼりではないかと思った。
2008/5/7 水曜日 — 青柳 英介

ゴールデンウィークの一日、愛宕神社に行った。
池には、鯉がたくさんいて100円でエサを買っていくと、
群がり、もみ合うようにして池の上に登ってきそうであった。
本当の鯉のぼりではないかと思った。
2008/5/7 水曜日 — 青柳 英介
去る4月28日、主権回復記念日に、
当社の新刊『主権回復-本当の終戦記念日
は4月28日である-』を販売した(於九段会館)。
大売れはしなかったが、そこそこの販売数にはなった。
これを機縁に、記念日が周知され、国民の祝祭日になれば、いいのだが。
— 青柳 英介
世界初のハーフサイズ一眼レフとして、一世を風靡した、
オリンパスペンFの美品を手に入れた。
1959年にデビューして、大ブームを起こした商品であるが、
酷使されたり死蔵されたりして、完全に作動するものは少ない。
それに加えて最近は、本機を求める人が多く、
滅多に市場に出てこない。出てくるとと手ぐすね引いていた人たちに、
たちまちのうちに買われてしまい、入手困難。
私は、これを昨日ヤフオクで手に入れた。
競り合いとなって、割と高い買い物であったが、
これだけの美品であれば、よかったと思っている。
今、社内でフィルムカメラを使うのは私だけだが、
オリンパスペンは、ハーフサイズだから、
36枚撮りを使えば、72枚撮影できる。
「♪ペン、ペン、ペン、ペン、オリンパスペン~」
というCMも名作であったと思うが、
このレトロでありながらモダンなデザインは、
残念ながら今のカメラにはない。
2008/4/24 木曜日 — 青柳 英介
この間の日曜日に家内と鎌倉へ行って来た。
鶴岡八幡宮前から人力車に初めて乗ってみた。
なかなかスピード感もあり、快適で、
車夫のお兄さんが、途中鎌倉の裏道を解説しながら案内してくれ、
とてもおもしろかった。
明治、大正の人力車に思いを馳せ、泉鏡花や漱石の時代のことも
心に浮かんできた。
— 青柳 英介
私、青柳は、すでに銀婚などはとうに過ぎ、
日々淡々と家内と暮らしている。
一昨日の日曜日には、家内と共に久々に鎌倉に行き、
新しいカメラの試し撮りを、大仏の撮影で行ってみた。
まあまあのできで、さすがよいカメラは違うと思ってみたりした。
私たちが結婚した時、媒酌人は、現代俳句の重鎮・金子兜太先生にお願いした。
先生は、大正八年生まれだから、今年89歳になられる。
今でも、斬新な俳句を次々と作り、テレビにも始終出演し、
溌剌たる姿を見せて下さる。
先生の名作は数々あるが、
私は次のような句が好きである。
富士を去る日焼けし腕の時計澄み
ノートに触れ冬の犬の尾固かりき
山脈のひと隅あかし蚕のねむり
赤蟻這うひとつの火山礫拾う
魚雷の胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
水脈の果炎天の墓碑を置きて去る
死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
青草に尿さんさん卑屈捨てよ
屋上に洗濯の妻空母海に
ガスタンクが夜の目標メーデー来る
人生冴えて幼稚園より深夜の曲
朝はじまる海へ突込む鴎の死
銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく
強し青年干潟に玉葱腐る日も
もまれ漂う湾口の筵夜の造船
薄い文庫になった「代表作」の句集があり、
私はいつも鞄に入れ、電車の中などで読んでいる。
名句というものは何回読んでもあきないものである。
写真は、わが社の写真もよく撮ってくれる御堂義乗氏が、
私のためにオリジナルプリントをプレゼントしてくれたもの。
御堂さんの写真も巧みというほかない。


2008/4/22 火曜日 — 青柳 英介
落椿路地に遅速の白さかな
出勤の傘を選びて花に雨
青芝や白きにはとり身じろがず
群生の一輪は白かたかごよ
片栗の花下向くはひたむきに
日だまりを遅日の猫のよぎるまで
蜂が蜜吸ひ青空にホバリング
果てもなく続く雨だれ春愁
朝桜よりもマリアの白き顔
くらがりに猫ひそみをり春の昼
しばらくはともさぬままに春夕べ
春暁や洗面の水満たしゐる
2008/4/18 金曜日 — 青柳 英介
当社の経営顧問の山田先生。
月2回お会いし、アドバイスを受けたり戦略を練ったりということを
お願いしている。
経営というものは、とかく迷うことが多いもの。
頼れる軍師ということで、
わが社にとっては宝のような存在である。
— 青柳 英介
春もたけなわである。
根津神社の躑躅も咲き始めた。
そこで、当社の応接コーナーの短冊も季節に合わせてかえてみた。
今月は、大正から昭和にかけて俳句山脈の一つであった、
『石楠』の臼田亜浪の作品である。
昭和8年、当社の創業者・青柳菁々に与えられたもので、
裏に「為菁々」と書かれている。
句は、
死ぬものは死にゆくつつじもえてをり
という名句である。
臼田亜浪には、ほかに、
今日も暮るる吹雪の底の大日輪
などの作品があり、私にとっては大変共感を覚える作家である。
2008/4/15 火曜日 — 青柳 英介
突然ですが、わが社の靑木君は、
來月所帶を持つことになつたといふ。
長年の末のゴールインでおめでたいことと一同喜んでゐる。
式は、豫算の都合上、秋になる由。
新郞新婦ともに合氣道人である。
合氣道は、「萬有愛護の武道」である。
その言葉通りの美しい家庭となることと思ふ。

2008/4/14 月曜日 — 青柳 英介
新宿区高田馬場付近で出会う。
たいへん好意的で、初対面だというのに、
目と目があっただけで、近寄ってきて、スリスリ、ゴロゴロ。
写真を撮ろうとしても伸び上がって近づいてくるので、
なかなかうまく撮れない。
一通り撮り終えて、別れを告げるが、どこまでもついてきて、
足にまとわりつくので、たいへん困ってしまった。
2008/4/7 月曜日 — 青柳 英介
きのうの日曜日、練馬区大泉の小林司先生ご夫妻のお宅を訪ねた。
数年ぶりにお会いする機会だったので、話がはずみつい長居をしてしまった。
小林先生は、精神科医であり、シャーロックホームズの研究家として有名であり、
また作家として多くの著述を持つ。
私は、ロマン・ロランやフロイトを教えて頂いたり、数々の恩義がある。
初対面は、今から30年ぐらい前のことで、青地晨先生が主宰する読書会があり、
そこで、お目にかかったことを昨日のことのように覚えている。
鹿打帽をかぶり、コートを翻し、ホームズそのものであった。
私もホームズの鹿打帽にあこがれて、あちこちの帽子屋を探したが、
なかなかみつけられなかった。
ようやく入手した帽子は、今も手元に残る。
ところで、先生のご自宅のすぐ近くに、片栗の群生する野原があり、
奥様がご案内してくださった。
初めて見る片栗の花は、可憐で、下を向いて咲く姿は、控えめな印象であった。
一面の片栗の花で、何とか俳句に詠みたいと思ったが、
字数の多い季語でもあり、難しい。
そのうち何とかものになったら、駄句を御披瀝したい。
久々に楽しい日曜日であった。
— 青柳 英介
編集の仕事などで、カメラマンに頼むほどでもない時は、
自分たちで撮影をするのだが、今や全てデジカメになってしまった。
社内にフィルムカメラが1台だけ残っているが、誰も使おうとしない。
ブログの写真はデジカメを使っているのだが、どうもあんまり好きになれない。
撮った写真は、パソコンを通してCDになど落とすのだが、
データーになった写真などというものが、本当にいつまでも保存できるのか、
という疑問がある。
CDは、長年月を経ると劣化してデーターが呼び出せなくなるという話も聞く。
その点、フィルムは、褪色があっても、絵そのものが消えてなくなってしまうことはない。
私自身が、気持ちよく撮れる写真は、ツァイスイコンで、カールツァイスのレンズで、
撮った時など。
現像してプリントして、そのできあがりまでの時間が、何とも言えず楽しみな一時でもある。
デジカメの写真は、あんまりプリントすることがないので、見返すことも少なくなり、
あんまり面白味がないような気がする。
それでもデジカメの便利さは、捨て難いので、カバンの中にはいつもGRデジタルが入っている。それで撮るのは、猫や犬ばかりだが。
2008/4/5 土曜日 — 青柳 英介
今朝、若林さんと江古田の銀行に行った。
駅前に、浅間神社があり、桜が満開だった。
若林さんは、思わずその桜に見とれて、ケータイのカメラで撮影をしていた。
境内にしばらくたたずんでいたが、
当社の創業者・青柳菁々の句に、
桜散ってしばらく風と遊ぶなり
という作がある。
忙中閑ありの一時であった。
— 青柳 英介
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